鳥人間
狂気の航空力学と 冷たい湖底への片道切符
暗い炭坑より白い空へ 鳥は飛び立つ
栄冠は誰の手に
栄冠は誰の手に
切り立った湖岸には狂気があった。薄汚れた大勢の坑夫が、巻貝のような螺旋や、蝙蝠の翼のような帆を纏った珍妙な出立ちで、しかし眼だけは炯々と燃やしてじっと湖の向こうを見つめていた。湿った風が筋肉質な身体を撫ぜ、その後ろで落ち着かなげに往ったり来たりを繰り返す科学者や発明家達に砂を吹きつけた。風の届かない位置に陣取った貴族達は、これから始まる娯楽に浮き足立ち囁き交わすか、あるいは自らが出資する発明家に冷たい視線を据えていた。
やがて貴族のうちの一人が銃を持って進み出て、空砲を撃った。坑夫達は湖に向けて一斉に走りだした。湖岸から飛び出し、次々に水面へと落下していく。その中から滑り出した者があった。華奢で長大な羽を持つ自転車のような、一際歪な造形の中で、少年が恐怖に駆られたように、熱病に浮かされたようにもがいていた。関節の白く浮いた彼の手も、鶴嘴で擦り切れ、薄汚れ、本来ならば暗い炭坑の奥で一生を過ごす予定であったことを窺わせた。
数秒の後、湖面の上を飛んでいるのは彼だけになった。貴族達が息を呑んだ。科学者や、沈んでいく坑夫達も彼を見つめていた。炭坑を離れなかった彼の同僚達も、後で必ず耳にするだろう。それでも少しずつ近付いていく湖面に挑むように、祈るように、彼は叫んだ。
「俺は違う!お前達とは違うのだ!無為に生き、無為に死ぬお前達とは違うのだ!栄光を!栄光を!俺は、栄光の為に死んだ!」
湖岸では狂ったように笑い、大声で喚く男が居た。
「見よ、見よ、愚か者ども!私は間違ってなどいなかった!見えるか、飛んで行く彼の勇姿が!彼だけが私を信じていたのだ!彼だけが正しかった!嗚呼、聞こえるか、お前こそ我が友、お前こそ栄光の――」