仮想机上の紙片溜まり

なにか書くよ 推敲はしないと思うよ たまに技術系の話をしたときは論拠に乏しくてかなり怪しいよ

おねショタ即興SF午前二時

鏡に映る僕は姉だ。その姉が口の端を震わせてこう言った。

「ねぇみやちゃん、弟がね?みやちゃんのこと好きなんだって」

僕はその唇が、舌が言葉を発するのを自覚し、また耳で確かに聞いた。けれど、僕はその一切を止めることはかなわず、口の端の震えが意味するところも知らなかった。姉の感じる全てを僕は感じて、それでも姉が嘲笑しているのか、怒っているのか、そもそも心があるのかすら分からない。今までこれほど姉の近くに居たことも、姉の気持ちを考えたことも無かったけれど、同じくらい、これほど姉の考えが分からないことも無かった。だから、その行為はただただ邪悪だった。

「えー?そんなん言われてもなー」

鏡越しに、みや姉ちゃんの困ったような半笑いを見た。困っていますよとアピールしつつも実際にはちっとも困っていなさそうな、記号化された半笑いを見た。僕はそんなもの見たくなかった。手が届かないのは知っていた。みや姉ちゃんはいつも半笑いで、他人にも自分にも本当は興味が無いんだって顔をしてたから。知っていたつもりだった。だけど、姉の身体ではないどこかが酷く痛んで、涙か、それに代わる何かを掻き出さないとどうにかなってしまいそうだった。今すぐそこの便器に吐きたい。見慣れない女子トイレだけど、もうどうでもよかった。隣の個室に入ったみや姉ちゃんにどきどきしてしまった自分を吐瀉物で覆い隠してしまいたい。そのまま下水に乗って胃酸の深海に沈んでしまいたい。

僕の意識は姉の身体を離れ、胃酸の深海に痛みを残して、過去へと流れ着いた。どうしてこんな事になったのか、僕はもう分かっていた。脆弱性は人によって運ばれるというのは、今も顧みられることのない古い格言だ。僕のパスワードは補助脳も含めてみや姉ちゃんの誕生日と僕の誕生日をくっつけたもので統一してあって、しかもバレないと思っていた。けれど、姉は僕をよく知っていた。僕は周りの人間を知ろうとしなかった。姉の見る風景も、みや姉ちゃんの半笑いも見ようとしなかった。そのくせ、みや姉ちゃんみたいに興味がないわけでもなかった。これは臆病で半端者の僕に対する罰なのかも知れない。罰であってほしかった。その方が少しは納得できるから。

いつの間にか姉のクラックから解放されて、僕は家の洗面所、鏡の前で立ち尽くしていた。涙は出ない。半笑いを浮かべてみると、みや姉ちゃんほどドライにはできなくて、その顔は姉によく似ていた。

鳥人間

狂気の航空力学と 冷たい湖底への片道切符

暗い炭坑より白い空へ 鳥は飛び立つ

栄冠は誰の手に

栄冠は誰の手に

 

切り立った湖岸には狂気があった。薄汚れた大勢の坑夫が、巻貝のような螺旋や、蝙蝠の翼のような帆を纏った珍妙な出立ちで、しかし眼だけは炯々と燃やしてじっと湖の向こうを見つめていた。湿った風が筋肉質な身体を撫ぜ、その後ろで落ち着かなげに往ったり来たりを繰り返す科学者や発明家達に砂を吹きつけた。風の届かない位置に陣取った貴族達は、これから始まる娯楽に浮き足立ち囁き交わすか、あるいは自らが出資する発明家に冷たい視線を据えていた。

やがて貴族のうちの一人が銃を持って進み出て、空砲を撃った。坑夫達は湖に向けて一斉に走りだした。湖岸から飛び出し、次々に水面へと落下していく。その中から滑り出した者があった。華奢で長大な羽を持つ自転車のような、一際歪な造形の中で、少年が恐怖に駆られたように、熱病に浮かされたようにもがいていた。関節の白く浮いた彼の手も、鶴嘴で擦り切れ、薄汚れ、本来ならば暗い炭坑の奥で一生を過ごす予定であったことを窺わせた。

数秒の後、湖面の上を飛んでいるのは彼だけになった。貴族達が息を呑んだ。科学者や、沈んでいく坑夫達も彼を見つめていた。炭坑を離れなかった彼の同僚達も、後で必ず耳にするだろう。それでも少しずつ近付いていく湖面に挑むように、祈るように、彼は叫んだ。

「俺は違う!お前達とは違うのだ!無為に生き、無為に死ぬお前達とは違うのだ!栄光を!栄光を!俺は、栄光の為に死んだ!」

湖岸では狂ったように笑い、大声で喚く男が居た。

「見よ、見よ、愚か者ども!私は間違ってなどいなかった!見えるか、飛んで行く彼の勇姿が!彼だけが私を信じていたのだ!彼だけが正しかった!嗚呼、聞こえるか、お前こそ我が友、お前こそ栄光の――」